2009/10/19 Prof. Hoentzschにご指導いただく [平日]

7:30 久しぶりにHPRVのカンファに戻ってきた。Traumaは1週間だけの研修だったが、その前にcadever courseやドイツ手の外科学会があったのでカンファには暫く参加していなかった。昨晩はJamninetが当直で、夜間に緊急手術を2例(いずれも火傷)していたようだ。少々疲れ気味の顔をしている。その他週末の外傷症例が呈示されていた。カンファ終了後に日本からのお礼のお菓子を振る舞ったのだが、朝は忙しいのであまり手をつけてはいなかった。でも置いておけば時間がある時に食べてくれるだろう。
8:00 回診に付いて回った。今日は月曜なのに教授がいない。一番下のWellingが今日も病棟係だ。こちらの若手医師はまず病棟係から始まり、徐々に外来担当が増え、さらにcinsultant医師に付いて(特に決まったオーベンはないよう)手術に入れるようになる。久し振りにHPRVの病棟を見て回ったが、まだ入院継続中の患者も結構いた。以前、術直後は顔の暗かったおじさんも今ではすっかり元気に明るくなっていた。やはり術後経過が良いと気分も自然に良くなるものだ。また、先週手掌部の悪性腫瘍で切断になるかも知れないと言われていたおばさんも切断は免れたようで、こちらも顔が明るかった。
9:00 今日は、手掌への高圧注入損傷後のchemical reactionによる軟部組織壊死の症例に対して(幸い、屈筋腱・神経・血管の損傷はわずかのみに留まっていた)、前鋸筋筋膜の遊離皮弁手術が予定されている。Rahmanianは現在長期休暇に入っているので、執刀はPhau先生、asisstにLotter医師(おそらく今回初めてflapの挙上を任された)が入った。私は、10時00からHoentzsch先生と面談の約束が入っていたので手洗いは遠慮させてもらい外からの見学にしてもらった。挙上は前回も一度見させてもらっているのでイメージは掴めている。問題はどの位置でmuscleを切離していくのかと、その筋膜弁の厚さである。あまりにも分厚いと手掌への移行であるため、bulkyで機能的にも整容的にも宜しくないからだ。胸背動静脈を慎重に剥離し前鋸筋枝を慎重に温存していく。外からみていても拍動が確認できるくらいこの辺りの血管径は太いので同定は容易である。
9:40 Op室にHoentzsch教授から連絡が入り、予定が30分後に変更になった。合間に日本からの菓子折りを休憩室に持っていき振る舞った。気付いて食べてくれた人はお礼を言ってくれるので解る(中にはこっそり持ち帰ってしまう人もいるが)。
10:20 手術室を後にして教授室に向かう。その前に先週1週間分のtrauma teamの手術症例を秘書さんに頼んでプリントアウトしてもらっておく。記録をまとめる際に役立つのだ。お礼にほうじ茶ティーバックを一つ渡す(何だかチップみたいに)。
10:30 定刻通り教授室へ。ドイツの先生は時間には比較的厳格なので、日本人もJRのダイヤのように乱れない所を見せなければならないのである。笑顔で中に案内してくれる。手ぶらでは何なので菓子折りやほうじ茶、日本語・ドイツ語対訳表(自作)を携えていった。すると偉く喜んでくれた。この先生は結構親日家のようで、部屋には緑茶もあるし、急須は南部鉄器製のものを使用している。日本にも講演などで10回くらいは行っているとのことだった。まずは、AOからの支給金の最終的な精算をしてくれた(前回頂いた分よりも上乗せがあったのだ)。Hoentzsch教授がAOの窓口になっておられる。Schaller教授は形式的には責任者になっていたが、実は大元締めはこの先生だったのである。
Prof.Hoentzschとともに.jpg
11:00 私がベルリンで今度発表する演題(橈骨遠位端MIPOの臨床成績)を見たいと言うので、簡単に披露すると、思いがけずに賞賛してくれた。しかし、最終臨床成績に関してMIPO群と従来群は有意差ないのです。と言っても珍しいのだろうか?結構食いついてくれた。さすがにmedical techniche developmentというセクションの教授だけある。新しい手技やデバイスにはかなりアンテナを貼っておられるようだ。この際なので、ついでに吸収性プレートについても宣伝しておいた。まだ、ドイツでは使用されていないようである。また、部屋には幾つかインプラントや骨モデルが置いてあったのだが、現在、ASLS(Angular Stable Locking Sistem)という髄内釘の成績を調査しているそうで紹介してくれた。まだ日本ではお目見えしていないと思われるが、欧米では既に使用さいれているとのこと。ここBGでも30例以上使用して良好な成績をおさめていると言っておられた。何がポイントかと言うと、遠位ロッキングスクリューにsleeve(吸収性素材)を装着してnailとscrewを安定化させるというものである。Angle stabilityが得られるため骨幹部の粉砕骨折などには良い適応がありそうだった。教授室で小講義をマンツーマンで受けるという贅沢な経験をしてしまった。また、明日はスイスに講演に行くということらしいのだが(対外的活動をかなりされている)、興味があったら一緒に行くか?と誘われる。明日もHPRVの手術があるので・・・、手術予定を見てみて、Schaller教授とも相談してから考えます。と言うことにしておいた。また、12:30に会おう!(今日クウェートから研修生が来るので一緒に食事をしようと言うことになった。Flapの手術が・・・と思ったのだが断るのも悪いと思っていいですよ。と返事してしまった)。
11:30 flapとは別のaseptic区画の手術室に向かう。こちらにも日本からの菓子折りを持って行った。ちょうどSunderもうろついていた。昨日、彼は一人でシュトットガルトに観光に行ってきたらしい。市内バスツアーを申し込んで回ってきたそうだ。観光の様子を楽しげに話してくれた。
11:50 Shaller教授が久し振りに執刀されるので、見学に行った。やはり落ち着いたメスさばきである。舟状骨偽関節に対して舟状骨摘出(詳細については記載は控えておく)を行っている。メスのみで大方舟状骨までアプローチしている。やはり熟練の技が光ってみられた。
手術に没頭するProf.Schaller.jpg
12:30 昼食に向かう。クウェートからの研修生は(シンセスのfellowで2週間滞在予定とのこと)、Rajaと名乗り、またもやインド人であった。出身はSunderと同じマドラスとのこと。部屋が207というから我々と同じフロアである。どうもfellowship doctorはその一角に固められているような感じ。Hoentzsch教授はとても面倒見が良く、我々のような異邦人を温かく迎え入れる世話人のようである。もう窓際族などと呼んではいけない。
13:00 若いtrauma teamのドクターがHoentzsch教授に何やら許可をもらって鍵を借りていた。今からトレーニングルーム(骨モデルやインプラントが置いてあり、手術の技術訓練などを行う部屋)に行くらしい。興味があったので一緒に着いて行くことにした。
13:15 等身大骸骨の各パーツに創外固定を設置してある。また、たくさんの骨モデルが置いてありトレーニングをした痕跡がみられた。このような施設が病院にあれば、若手の訓練には非常に良いと思われた。インプラント類や骨モデルの調達にはある程度コネクションがなければ難しいと思われる。
創外固定された骸骨.jpgclosed reductionモデル.jpg
13:30 再びflapの手術を見に戻った。すでに血管吻合に入っていた。こちらにきてPhau医師の執刀した症例でまだ失敗症例を見たことがないので、何となく安心感がある。マイクロ下の光景は解らないが手際を見ていると熟練している。吻合はほぼ終了したようである。ちょっと小休止を取っていた。
前鋸筋筋膜弁移行後.jpg
朝は霜が降りて曇天だったが、今は晴れ間が増えている。Op室から外を眺める風景(手洗いしないで外からの見学の時は外を眺めていることもしばしばだった)はすっかり木々が色づいていて綺麗である。
木々の色づく病院付近.jpg
14:00 閉創はDoldrer医師がじっくりされていた。こちらも終了し手を下して帰っていかれた。前鋸筋筋膜弁は多少volumyではあったが、血流は良い。大腿部から全層で採皮して植皮していく。現時点では美容的に問題があるが、経年的に少しずつ萎縮していくそうである。
15:00 終了したので部屋を後にする。カンファまで多少時間があるので、こう言う時間に出来事をできるだけまとめておく。
15:30 朝置いていった日本のお菓子も少し減っている。まだ様子伺いと言う感じなのだろうか?好奇心旺盛な学生が手をつけてから徐々になくなっていった。好評ではあったが、こちらの人は基本的に甘いものの方が好きのよう。カンファには3人ほど患者が入ってきた。一人は絞扼輪症候群の赤ちゃんだった。時々手のanomaryの子が受診されたが、手術にはあたらなかった。明日の予定表を見てみると、特にこれと言ったものは組まれていない。明日のことでちょっと考えてしまう。
16:10 Rahmanian部屋(もう自分の部屋のように使っている)でインターネットに接続。現時点でこれが日本とのライフラインになっている。これがないと日本の情報は殆ど解らない。黙々と作業をしていた。
17:30 SunderからPHSに連絡が入る。Yukichiが使っているインターネットの回線を貸して貰えないだろうか?とのこと。彼が病院で使用しているのはケプラー室のPCで鍵がかかっていると使えないのだそうだ。今日もRahmanianは休みなので内緒で貸してあげることにした。
17:45 今日やって来たRajaと一緒に現れた。やはり同郷なので(広いインドで同じ言語を話す人間に遭うと嬉しいものらしい)仲良くなっていた。確かに心なしかいつもよりSunderが偉そうに見える。彼は独特の口調がある。志村けんのバカ殿で、あ~ん?って聞き返すことが良くあったが、彼は語尾にこのあ~ん?(isn’t it?みたいな感じ)を良く入れてくるのだ。こちらも癖で移りそうになってしまうくらいだ。
18:00 彼らは交互にインターネットでメール確認なんかをしていた。その後、2人でちょっと街に出るそうである。帰ってきたら、またお好み焼を食べさせることにした(HPRVでお好み焼パーティーをする話があったのだが、出来そうもなくなってしまったので、残っている食料を片付けなければならないから)。
18:20 急患受付から部屋に戻る時、空を見上げると、天空に一直線に立ち上がる飛行機雲を発見した。これくらいきれいに見られるのもここならではである。
一直線に上昇する飛行機雲.jpg
19:00 お好み焼は4人分くらい焼いてみた。肉は今回も使っていないので自分的にはもの足りない。イスが一つ足りないのでRajaに持参してもらってささやかな歓迎会を催した。Zwart先生にもらっていたビールが1本残っていたので、出そうとするが2人とも飲まない。仕方なく独りで飲むことになってしまった。Rajaは小食だそうだが、美味しいと言って残さず食べてくれた。
20:20 それぞれの国の話などが出て盛り上がった(インド人2人が時々現地の言葉で喋り合ってしまうこともあったので、意味不明になることもしばしばあった)。2人は週末一緒にミュンヘンに行くか~?みたいなノリになっていた。同士ができるといいものだ。
インド同郷のSunderとRaja.jpg
20:40 お腹も膨れた2人は部屋に帰っていった。私は余ったお好み焼きの素を使ってもう1枚焼いた(今度は肉も入れてみる)。もう自分自身は食べられないので、今日も急患受付の人に(今日は愛想の良いおばさんだった)持っていってあげた。
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