2009/10/8 ドイツ手の外科学会1日目と日本からの救援物資第2弾 [平日]

6:20 起床。今日は7:00に病院に迎えが来ることになっていたので、少しだけ早起きだ。外はあいにく小雨がぱらついている。
7:00 こちらに来て初めて日本から持参の背広を使用することになった。準備を済ませ外に出てみるがあたりはまだ暗い。Rahmanianから連絡が入り、病院救急受付前に行くと、彼ではなくバイトの学生が豪華なベンツで迎えに来てくれていた。まず私をpick upし、その後にRahmanian、最後に教授夫妻も迎えに行くそうだ。運転は情報工学を勉強しているMartin君(イケメン)だった。彼は来週から研修で韓国に11週間行くそうだ。本当は日本に行きたかったのだが、ツテがなくてダメだったらしい。日本にとても興味があるらしく、日本人と会えたことが凄く嬉しかったようだ。日本に来る際に事前に連絡くれれば何か情報を教えることもできるからと名刺をあげておいた。
7:20 同じような立派な家が立ち並ぶ住宅街で少し迷って、Rahmanianをpick upする。彼は今日の発表の準備を車内でまだしている。読み原稿は作らないようだ。
7:40 少し郊外の落ち着いた場所に教授宅があった。それ程大きくはないが落ち着いた綺麗な家である。夫人に自己紹介して一緒に会場に向かった。夫人は良く喋り、助手席(教授、私、Rahmanianは後部座席)でずっと話し続け良く笑っていた。
8:00 会場に到着。学会は市内の中心にほど近い市民ホールのような場所で行われた。
ドイツ手の外科学会(テュービンゲン).jpg学会会場前.jpg
これから受付開始の時間だったので、スタッフはすでに揃って準備している。徐々に参加者が増えてきた。女性が多いと思ったら同じホールでNs向けのセミナーもあるようだ。Op室Nsのスザンナやクリスティアーナにも会った。
9:00 学会なので日本と同様に機械展示や書籍売り場がある。まだ準備中の場所もあったが、一通りざっと目を通しておいた。後で興味深い展示所にはじっくり見学させて貰おうと思っている。
9:15 開会式が始まった。主催のSchaller教授をはじめ、お偉い方々が何やら話していた。面白いのは、その合間にクラシック音楽の生演奏が挟まれるのだ。音楽の盛んな国ならではだろうか?朝から優雅な気分に浸れる。
Schaller教授の開会の挨拶.jpg檀上でクラシックの生演奏.jpg
10:15 口演が開始される。この学会の口演発表は基本的に大会場1つで行われる(昼のセミナーの時のみ3ヵ所に分かれていた)。まず始めは、Buck-Gramko先生(かなり有名な先生らしい)による、ドイツ手の外科の歴史みたいな講演をしていた。年の頃70後半くらいであろうか?日本の津下先生的存在なのかも知れない。
11:20 何人かの先生が基調講演的な内容を発表されていたが、写真だけの理解だったので、殆ど意味不明だった。ようやく休憩時間となる。こちらは休憩時間に軽食が振る舞われるのが一般的で、20分くらいはしっかり休めるようになっている。時間になると会場内に戻るようにと鐘の音で告げられる。
学会休憩の風景.jpg
11:40 infectionの演題が並ぶ。BGからもManoliが発表する。会場は400-500人収容できるくらいの広さなので、発表者も緊張しそうである。しかし、発表する人々は皆自信ありげで、原稿などは作らずアドリブでこなしている。質問にも堂々と答えている(内容は汲み取れないが・・・、時々笑いが入ったりすることもある)。日本の学会で良く見受けられる共同演者の○○ですが・・・みたいな助っ人が介入してくる場面は全くない。発表する者がその内容を一番知っておくべきだからであろう。手の外科領域の感染の発表で、ある演者は始めにちょこっと壇上に立っただけで、あとはビデオを流し客席に座っているという方もいた。発表内容を予め録音しているのだ。なかなか面白いなと思った。このような手法が主流となれば、そのうち自宅でも学会をリアルタイムに聞くことができるかも知れない。
13:00 ワークショップと題して、難治症例を専門家が壇上でディスカッションしながら進行していた。他に2ヵ所で異なるコースが用意されていたので、それぞれ覗いてみた。一つは日本のDPCのようなもの説明と病名のコード(ドイツにも同様のものが存在するのだ)について話していた。参加者も少なく人気はイマイチのようであった。もう一つのハンドトラウマセンターの紹介というのは興味があったのだが、残念ながら会場に行った時には時間前だというのに何故かもう終わってしまっていた。。従って、ワークショップの方に人が流れていて立ち見が出るほどになっていた。内容は、PIPなどの人工関節を扱うメーカー(B社)主催だったこともあり、そのような内容が多く盛り込まれている印象であった。
14:00 午後の口演はまたinfectionであったので、いったん会場を抜けてBG病院まで戻ることにした。バスで10分くらい。日本からの救援物資(第2弾)が届いていたからだ。昨日は取りに行くことができず、秘書さんの部屋で保管してくれているのだ。以前、妻に食糧難を告げていたので、帰国が近づいていたにも関わらず、食材や帰国前に各部署に配るお礼の品々を送ってきてくれた。量が多く、食べきれないかも知れないので余ったら仲間に配ることにしよう。
15:00 会場に戻る。本日唯一英語で口演していた先生がいた。モスクワからの発表で自分の病院の手の外科500症例のまとめをしていた。難しいマイクロの手技は用いずに、植皮、有茎皮弁、骨移植、イリザロフなどでここまで治しましたという内容だった。内容よりもカタコトのドイツ語を織り交ぜて発表したのが良かったのか、拍手が大きかった(発表後の聴衆の反応としては、机を叩くのが一般的なのだが、内容が良いとそれが拍手になったり、拍手の音も大きくなるというのが特徴である。聴衆は正直なのでその反応で内容の良し悪しが解ってしまう)。内容を聞くと、ロシアにはまだまだ重度外傷が多く発生している印象を受けた。日本のように労働災害を防ぐ手立てがまだ十分に発達していないのだろう。
16:50 一般口演終了となり会場でうろうろしていると、BGの仲間たちが集まってきた。何やら話して盛り上がり(行くか~?みたいな雰囲気)ちょっと軽く一杯やりに行こうということになり、会場を後にする。係りの女性が車(またも高級なベンツ)を出してくれて街のバーまで送ってくれる(歩いても10分くらいだったけど)。
17:00 私とApel、Werdin、Rahmanian、係りの女性(運転手)5人で街のバーに入る。まだ開店したばかりで、客は誰もいなかった。若い女性マスターに注文する。ちょっとした打ち上げのような感じであった。ビールやカクテルを飲んで、ほろ酔い気分(空腹だったから)になってしまう。Apelは昔メキシコにいた頃(彼はコロンビア生まれ)、バイトで寿司を作ったことがあると言っていた。ユーキチは作れるか?と聞いてくくる。こちらの人々は日本人ならたいがい寿司は握れるものだと勘違いしている。寿司はネタが大事で、職人が握って始めて美味しいのだ。Apelに日本の美味しい寿司を食べさせてあげたいと話す。また、ドイツ人は議論好きなので、良く解らないが急に真面目そうに熱く語り始めたりすることもしばしばだ。そういう時は自分の存在は忘れられているかのよう・・・。
Apelとドライバー学生.jpg学会の小打ち上げ.jpg
18:30 会場に戻ると、スタッフが片付けをしていた。PhilipやHelenaたち(女学生)はクローク係りをしている。ちょっとほろ酔いになってしまっていたので、先に帰らせてもらうことにしバスで戻る。しかし、間違えて一つ手前のバス停で降りてしまった。
19:00 今日到着した食材を並べてみる。かなりバラエティーに富んでいる。一人では食べきれないので、斜め前の部屋のインド人にも日本のカレーを近いうちに(今日はキツイ・・・)御馳走してあげることにしよう。

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